カスタマーハラスメント、いわゆる「カスハラ」というと、店員に怒鳴る客を想像する人が多いでしょう。
フードデリバリーなら「注文者が配達員に暴言を吐く」という構図です。
しかし、実際のフードデリバリーはそんなに単純ではありません。
客が配達員に暴言を吐くこともあれば、店側が配達員に高圧的な態度を取ることもある。逆に、配達員が店員へ怒鳴ったり、注文者に威圧的な態度を取ったりすることもあります。
つまりUber Eats、出前館などのフードデリバリーでは、
- 注文者
- 飲食店
- 配達員
この三者のどこからでもトラブルが発生する可能性があります。
そして2026年10月1日から、日本では企業のカスタマーハラスメント対策が義務化されます。
では、業務委託・個人事業主として働く配達員はどうなるのでしょうか。
今回は、フードデリバリー特有の「三方向ハラスメント」を整理します。
そもそも「カスハラ」は客だけが起こすものではない
ここは最初に整理しておく必要があります。
厚生労働省が2026年10月1日から適用するカスタマーハラスメント防止指針では、「顧客等」を単純な消費者だけに限定していません。
対象には、顧客だけでなく、
- 取引の相手方
- 施設の利用者
- その他、事業に関係を持つ者
なども含まれます。
そのため例えば、飲食店で働く従業員に対して、料理を受け取りに来た配達員が社会通念上許容されない暴言や威圧的要求を繰り返せば、状況によっては「顧客等からの言動」としてカスハラ問題になり得ます。
「自分は客じゃないからカスハラではない」という話ではないのです。
フードデリバリーには6方向のトラブルがある
| 行為者 | 相手 | 想定される問題 |
|---|---|---|
| 注文者 | 配達員 | 暴言、過剰な謝罪要求、長時間拘束、脅迫など |
| 飲食店 | 配達員 | 暴言、威圧、理不尽な要求など |
| 配達員 | 飲食店員 | 催促時の暴言、威圧、怒鳴る、過剰な要求など |
| 配達員 | 注文者 | 暴言、威圧、つきまとい、不適切な連絡など |
| 注文者 | 飲食店員 | 典型的なカスハラ |
| 飲食店側 | 注文者 | 暴言・威圧などの接客トラブル |
重要なのは、すべてを法律上の「カスタマーハラスメント」と同じ言葉で処理しないことです。
法律上のカスハラには、労働者の就業環境が害されることなどの要件があります。
例えば配達員が一般の注文者に暴言を吐いた場合、問題行為なのは間違いありませんが、それをそのまま労働法上の「カスタマーハラスメント」と呼べるとは限りません。
しかし、暴言、脅迫、差別、性的言動などが許されないことに変わりはありません。
客→配達員 よくある「配達員側が被害者」のケース
まず分かりやすいのが注文者から配達員へのケースです。
例えば、
- 配達が遅いと長時間怒鳴る
- 何度も謝罪を要求する
- 配達員を玄関前で長時間拘束する
- 人格を否定する暴言を吐く
- 商品代以上の金銭補償を直接要求する
- アプリ外で連絡を続ける
- 性的・差別的な発言をする
といった行為です。
もちろん、商品が届いていない、商品が破損している、指定場所と違うところに置かれたといった問題について、注文者が説明や適切な対応を求めること自体は正当な申入れです。
「苦情を言う=カスハラ」ではありません。
問題になるのは、その方法や要求内容が社会通念上許容される範囲を超えた場合です。
店→配達員 ここも無視できない
次に、飲食店側から配達員への言動です。
フードデリバリーでは配達員が商品を受け取るため、毎日大量の飲食店と接触します。
そこで、
- 必要以上に怒鳴る
- 配達員を見下すような発言をする
- 店側のミスを配達員の責任にする
- 理不尽な作業を強制する
- 長時間拘束する
といった問題が起きる可能性があります。
ただし、ここにはフードデリバリー特有の問題があります。
Uber Eatsなどで働く配達パートナーの多くは、雇用されている会社員ではなく個人事業主・業務委託として稼働しています。
2026年10月からのカスハラ対策義務は、基本的に事業主が「雇用する労働者」を守るための制度です。
したがって、一般的な会社員とまったく同じ仕組みで配達員が保護されるとは限りません。
それでも「フリーランスだから対象外」で終わりではない
ここが今回もっとも重要なポイントです。
厚生労働省のカスタマーハラスメント防止指針では、事業主が雇用していない人についても触れています。
具体的には、他社の労働者や個人事業主などの労働者以外の者についても、自社の労働者と同様のカスハラ対応方針を示すことが望ましいとしています。
さらに、そのような人からカスハラに類する相談を受けた場合には、必要に応じて適切に対応することも望ましいとされています。
つまり、
「配達員は個人事業主だから、店内で何を言われても関係ない」
という考え方は、国が示している方向性とは合いません。
配達員→飲食店 これも当然アウトになり得る
反対方向も見なければ公平ではありません。
料理がなかなか完成せず、イライラすることは配達員なら珍しくないでしょう。
しかし、待たされたからといって、
- 店員を怒鳴る
- 「早くしろ」と威圧する
- カウンター越しに執拗に催促する
- 店員の人格を否定する
- SNSに個人が特定できる状態で晒す
ことが正当化されるわけではありません。
料理完成まで20分待たされたのであれば、配達をキャンセルする、サポートへ報告する、今後その店舗の案件を取らない――といった手段があります。
報酬に見合わない案件から撤退することと、店員に怒鳴ることはまったく別問題です。
さらに厚生労働省の指針では、顧客だけではなく「取引の相手方」などもカスハラの行為者になり得るとされています。
配達員側も「自分は労働者ではない」「客ではない」から何を言ってもいい、とはなりません。
Uber Eatsも「全員」に相互尊重を要求している
実際、Uberのコミュニティガイドラインは配達員だけを対象にしたルールではありません。
配達パートナー、Uber Eats利用者、加盟店など、Uberプラットフォームを利用する人たち全体に適用されます。
Uberは攻撃的・対立的・暴力的な行為や、脅迫、不適切な言葉・ジェスチャーなどを禁止しています。
さらに配達パートナーについても、Uber Eats利用者や販売業者との会話では適切に接するよう求めています。
加盟店側からも、配達パートナーの言動や態度についてUberへ報告できる仕組みがあります。
つまりUber自身も、
「注文者だけが悪い」「店だけが悪い」「配達員だけが悪い」
というルールにはしていません。
配達員→客 「低評価」で済まないケースもある
もちろん配達員から注文者への問題行為もあります。
例えば、
- 住所不備を理由に客を怒鳴る
- 受取が遅い客を威圧する
- 配達完了後に必要なく連絡する
- 性的なメッセージを送る
- 客の自宅周辺で不必要に滞在する
- 客の情報をSNSへ掲載する
などです。
これは「配達員も大変だから」で許される話ではありません。
Uber Eatsでは注文者だけでなく、加盟店側も配達パートナーの問題行為を報告できます。
暴力、性的に不適切な行為、違法行為などについては安全上の問題として報告を受け付けています。
配達員にとって一番損なのは「その場で戦う」こと
ここは配達員側の実務としてかなり重要です。
店員や注文者と揉めたとき、その場で言い返して勝っても利益はありません。
5分間口論すれば、その5分間は報酬ゼロ。
10分揉めれば次の案件を1件逃す可能性があります。
さらに相手からプラットフォームへ通報されれば、アカウント調査という余計なリスクまで発生します。
配達員にとって合理的なのは、
- 必要最低限の会話で終わらせる
- 危険を感じたらその場を離れる
- アプリ上で記録を残す
- 必要ならサポートへ報告する
- 悪質な案件・店舗から撤退する
ことです。
喧嘩に勝つことではなく、時間とアカウントを守ることが利益になります。
店側にも「配達員だから我慢しろ」は通用しなくなっていく
飲食店側についても同じです。
配達員から暴言や威圧的な行為を受けた場合、それを「Uberの人だから仕方ない」と我慢する必要はありません。
プラットフォームへの報告、社内での記録、必要に応じた防犯カメラなどによる事実確認が重要になります。
2026年10月以降は、企業には自社従業員をカスハラから守るための相談体制や対応方針を整えることが求められます。
フードデリバリー配達員とのトラブルについても、その枠組みの中で扱われるケースが出てくるでしょう。
結局必要なのは「客・店・配達員の誰かを特権化しない」こと
フードデリバリーでは、つい立場ごとに話が分かれます。
配達員から見れば「客が悪い」「店が悪い」。
店から見れば「配達員の態度が悪い」。
注文者から見れば「店と配達員が悪い」。
しかし制度として必要なのはもっと単純です。
注文者だから偉いわけでも、店だから偉いわけでも、配達員だから弱者として何をしても許されるわけでもありません。
正当な苦情や業務上必要な指摘はする。
一方で、怒鳴る、脅す、長時間拘束する、人格攻撃をする、過剰な謝罪を要求するといった行為には線を引く。
2026年10月のカスハラ対策義務化は、その線引きを企業任せ・現場任せにしない方向への転換でもあります。
そしてフードデリバリーでも今後、プラットフォーム各社が注文者・加盟店・配達員の三者をどう守り、同時に問題行為をする利用者をどう排除するのかが重要になってきます。
「客だから」「店だから」「配達員だから」ではなく、行為そのものを見る。
それがフードデリバリーのカスハラ問題を考えるうえで、最も現実的な基準になりそうです。



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