青葉台駅から、それほど離れていない。
地図だけを見れば、榎が丘は「駅に近い住宅街」で終わる。
不動産広告なら、それで十分なのだろう。
だが、原付で走ると話は変わる。
駅前の車、人、店、バスの流れを背負ったまま榎が丘へ入ると、道が傾き始める。アクセルを開ける一方で、住宅街へ入った以上、ブレーキから指を離せなくなる。
榎が丘は、青葉台から近い街ではない。青葉台の速度を落とさせる街だ。
前回の松風台が、店の少なさから静けさと境界が見えてくる場所だったとすれば、榎が丘はもっと直接的である。
商業地と住宅地が、坂の途中でぶつかっている。
今回は、青葉台のすぐ隣にありながら、道の傾きとともに空気を切り替える榎が丘を記録する。
榎が丘という名前は、古い字名から残された
横浜市の町名資料によれば、榎が丘は昭和42年の土地区画整理事業に伴い、恩田町の一部から新設された。
古くは都筑郡恩田村に属し、明治期には田奈村大字恩田、横浜市編入後は恩田町となり、平成6年の区再編によって青葉区へ入った。
町名の由来は、旧字名の「榎田」と「榎久保」である。
そこから「榎」の字を採り、榎が丘と名付けられた。
自然豊かな丘を想像して、新しく付けられただけの名前ではない。
いまの榎が丘は区画整理によってつくられた住宅街だが、その名前の中には、造成前の土地で使われていた字名が残っている。
新しい住宅街に見えても、前の土地の記憶が完全に消えたわけではない。
それが、榎が丘の出発点である。
青葉台駅の近くなのに、駅前の延長ではない
青葉台駅は、店も人も車も集まる。
駅前で商品を受け取り、榎が丘方面へ向かう配達も珍しくない。
距離だけなら近い。
しかし、配達で重要なのは距離だけではない。
信号、交通量、右左折、坂、停車位置、建物の入口。
榎が丘へ入ると、このうち「坂」と「住宅街」が一気に前へ出てくる。
駅前の感覚を引きずったまま走れば、速度が合わない。
幹線寄りでは流れに乗らなければならないが、一本入れば歩行者、自転車、住宅の出入口を先に見る必要がある。
アクセルを開けなければ上らない。しかし、開けたままでは住宅街を走れない。
この矛盾が、榎が丘を走るときの身体感覚だ。
榎が丘は、店がない街ではない
榎が丘を「純粋な住宅街」とだけ書くのも違う。
駅に近い町域には、ファミリーマート青葉台駅南店がある。店名は青葉台駅南だが、住所は榎が丘1丁目だ。
さらに、セブン‐イレブン横浜榎が丘店、えのきがおか内科、榎が丘歯科クリニックなど、日常生活を支える店舗や医療機関も町内にある。
大型商業施設が並んでいるわけではない。
だが、何もないわけでもない。
榎が丘の特徴は、駅寄りにある生活機能の密度が、坂を上り住宅街へ入るにつれて薄くなっていくことだ。
コンビニや医院がある場所。
住宅の比率が高くなる場所。
公園と学校の気配が強くなる場所。
一つの町内で、役割が切り替わっていく。
その変化を無視して「店が少ない」と片付けると、この街を半分しか見ていないことになる。
店名が青葉台でも、住所は榎が丘である
配達員として面白いのは、店名と住所のズレだ。
ファミリーマート青葉台駅南店の住所は榎が丘。
利用者にとっては青葉台駅周辺の店であり、住所上は榎が丘である。
これは間違いではない。
駅を中心に見る商圏と、町名で区切られた行政上の境界が一致していないだけだ。
配達員は、そのズレを何度も踏む。
店名を見て青葉台だと思い、住所を見ると榎が丘。
届け先では榎が丘だと思い、実際に走ると青葉台駅のすぐ近く。
榎が丘は、青葉台の外側にあるのではない。青葉台駅前と重なりながら始まっている。
それが、松風台とは違うところだ。
榎が丘小学校と公園は、街の地形をそのまま見せている
横浜市立榎が丘小学校は、榎が丘29番地にある。
ここでは、登下校ルートや児童の動きを細かく書く必要はない。
配達員として必要なのは、学校のある生活圏を走っているという認識である。
曲がり角で速度を落とす。
横断歩道の手前で急がない。
歩行者がこちらを認識していると決めつけない。
その程度のことを「安全意識」と大げさに語る必要はない。住宅街で仕事をする人間の実務だ。
小学校の隣には榎が丘公園がある。
所在地は榎が丘42-1。広場と遊具があり、公園からの眺めや階段も公式ページで紹介されている。
平らな空き地を公園にしただけではない。
高低差のある街の中に、遊ぶ場所と通り抜ける余白が組み込まれている。
榎が丘には、公園が四つある
榎が丘には、榎が丘公園だけでなく、第二、第三、第四公園がある。
榎が丘第二公園
所在地は榎が丘16-1。
横浜市は、この公園を「榎が丘の高台に位置する」と説明している。
園内の多くを樹木が覆い、木製階段を上り、山道を歩くように散策できる公園だ。
榎が丘の地形を語るなら、この公園は外せない。
住宅街の中に遊具を置いた広場ではなく、高台と樹木と階段を残した場所だからだ。
榎が丘第三公園
所在地は榎が丘49-1。
大きな広場があり、鉄塔が目印となる公園で、四つの中では面積も大きい。
住宅地の奥に、まとまった広場が確保されている。
配達中には通過してしまう場所でも、住民にとっては街の余白になる。
榎が丘第四公園
所在地は榎が丘31-8。
こちらは小高い場所にある小さな公園だ。
大規模な施設ではない。
しかし、こうした小さな公園まで町内に配置されていることが、榎が丘の住宅地としてのつくりを示している。
大きな公園を一つ置いて終わりではない。
地形と住宅の間に、規模の異なる公園が散らされている。
榎が丘は、坂だけでできた街ではない。坂の途中に休める場所を差し込んだ街でもある。
榎が丘は、常に傾いている
原付で坂を走ること自体は珍しくない。
青葉区で仕事をしていれば、坂を避けることはできない。
榎が丘で神経を使うのは、上っている時間だけではない。
停車するときだ。
届け先の前が平らとは限らない。
車体をどちらへ向けるか。
スタンドを立てて安定するか。
荷物を持ち出したときに車体が動かないか。
後続車や住宅の出入口を塞いでいないか。
配達員にとって、坂は景色ではない。
配達バッグを開ける場所であり、商品を傾けないために身体を使う場所であり、車体を倒さないために足を踏ん張る場所だ。
榎が丘の地形は、走っているときより、止まったときに強く出る。
傾斜地では、建物の入口まで平面ではない
坂のある街では、道路だけを見ていても足りない。
建物そのものが地形に合わせて建てられている。
道路に面した入口から入ったのに、建物の表示上は一階ではない。
別の側へ回ると、見えている階数が変わる。
エントランスがどちら側にあるのか、地図だけでは分かりにくい建物もある。
榎が丘のすべての集合住宅がそうだという話ではない。
ただ、高低差のある住宅地では、住所へ着くことと、正しい入口へ着くことが別の作業になる。
配達員にとっては、坂を上り切ったら終わりではない。
建物の入口を見つけ、商品を傾けず、住民の出入りを邪魔しない場所で車体を止めるところまでが仕事だ。
松風台とは、境界の現れ方が違う
松風台も静かな住宅街だった。
ただし、松風台では、店の少なさと住宅街の広がりから、街の輪郭が見えてきた。
榎が丘は違う。
青葉台駅前の商業機能が町内の入口付近まで入り込んでいる。
そこから坂を上ると、住宅街の比率が急に高くなる。
- 松風台:住宅街の静けさの中から境界が見える
- 榎が丘:駅前と住宅街が接触する場所に境界がある
松風台が静けさの街なら、榎が丘は切り替わりの街だ。
近いから同じではない。
配達員として走ると、その違いはアクセルとブレーキに出る。
田奈やしらとり台へ向かうと、青葉台の看板が薄くなる
榎が丘は青葉台だけを向いている街ではない。
松風台、田奈、しらとり台方面ともつながっている。
ただし、ここで細い抜け道や階段を紹介するつもりはない。
住民の生活道路を、配達員向けの攻略情報として消費する必要はないからだ。
書けるのは、方向によって街の表情が変わるということまでである。
青葉台駅側では、駅名を冠した店や商業の気配が残る。
住宅街へ上れば、公園と学校と住居が中心になる。
さらに田奈やしらとり台の方向を意識すると、青葉台駅前とは別の生活圏が見えてくる。
青葉台が偽物で、田奈が本物という話ではない。
ただ、駅名だけでは説明できない日常へ切り替わっていく。
その接点に榎が丘がある。
榎が丘は、駅近という言葉を身体で修正する街だ
駅に近い。
それ自体は間違いではない。
しかし、駅までの距離が短いことと、移動が軽いことは同じではない。
徒歩、自転車、原付、車。
移動手段によって、坂の意味は変わる。
配達員なら、時間だけでなく、商品と車体も抱えて走る。
だから「駅から何分」という表現だけでは街を読めない。
榎が丘は、青葉台駅前の利便性を受けながら、その直後に高低差を引き受ける。
便利か不便かの二択ではない。
便利さのすぐ横に、重力がある。
これが榎が丘だ。
静かな住宅街では、配達員の音が前に出る
駅前では、原付のエンジン音は街の音に紛れる。
バス、車、信号、人の声、店の音。
その中では、一台の原付は目立たない。
しかし、榎が丘の住宅街へ入ると話が変わる。
坂を上るエンジン音が響く。
停車するときのブレーキ音が残る。
夜なら、配達バッグを開ける小さな音まで周囲に出る。
だから、静かな街を「走りやすい」とは簡単に言えない。
交通量が少ないから楽なのではない。
周囲が静かなぶん、自分の動きが目立つ。
住宅街に入らせてもらっている以上、急がないこと、無駄にふかさないこと、変な場所へ停めないことが必要になる。
これは住民へ好かれるためではない。
生活道路で仕事をする側の最低限の作法だ。
まとめ:榎が丘は、街の速度が変わる場所だった
榎が丘は、昭和42年の土地区画整理事業によって恩田町の一部から生まれた。
町名には、旧字名の榎田と榎久保が残っている。
青葉台駅に近い場所には、コンビニや医院などの生活機能がある。
坂を上り住宅街へ入ると、店の密度は薄くなり、公園、学校、住宅の気配が強くなる。
町内には、性格の違う四つの公園がある。
松風台、田奈、しらとり台にもつながっている。
地図上では青葉台駅の隣だ。
だが、走れば同じ街ではないことが分かる。
アクセルを開ける。
ブレーキへ指を置く。
停車場所を選ぶ。
住宅街の音を乱さない。
榎が丘は、青葉台の熱を坂で切り、配達員の速度を生活の側へ戻す街だった。
編集後記:近いからこそ、違いを雑にしてはいけない
青葉台駅に近い。
それだけで榎が丘を青葉台の一部のように扱うのは簡単だ。
実際、店名にも青葉台駅南が使われている。
生活圏としては、完全に切り離せない。
ただし、住所は榎が丘であり、坂を上れば公園と住宅地の街へ変わる。
この近さと違いを、どちらか一方に寄せないことが大事だと思う。
駅前の続きでもある。
駅前とは違う街でもある。
榎が丘は、その両方を抱えている。
配達員は町境の標識を見ながら仕事をしているわけではない。
それでも、音、坂、店の密度、停車するときの緊張感で、街が変わったことを身体が先に知る。
榎が丘は、その変化がかなり近い距離に詰まった街だった。
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