第3回|怒られない時代に、人はどう仕事を覚えるのか。ホワイトハラスメントに見る一人仕事の弱点

夜の街で配達員がスマホとチェックリストを見ながら自分の仕事を点検している、「怒られない時代の落とし穴」と書かれた一人仕事の教養第3回のサムネイル。 一人仕事の教養

テレビを見ていたら、「怒らないことが今度はホワイトハラスメントだ」みたいな話が流れていた。

正直、最初に思ったのはこれだった。

もう意味がわからん(笑)

怒ったらパワハラ。怒らなかったら今度は別のハラスメント。じゃあ現場はどうすればいいんだ、という話である。

ただ、この違和感をそのまま笑い話で終わらせるのも、少し違う気がした。

問題は、怒るか怒らないかではない。

本当に怖いのは、必要なことを誰も言わなくなることだ。

昔の職場は、正直しんどかった。組織に入って働けば、理不尽もあったし、嫌な人もいたし、言い方がきつい人もいた。でも、その中で仕事の基準を覚えた部分もあったと思う。

今は働き方が多様化して、一人で完結する仕事が増えた。Uberのような仕事もそうだし、配達、フリーランス、在宅ワーク、発信業、個人事業主の働き方もそうだ。

自由だと思う。

でも同時に、それは誰にも矯正されない働き方でもある。

だから今回のテーマは、「怒る上司が正しいのか」「怒らない上司が悪いのか」ではない。

怒られない時代に、人はどう仕事を覚えるのか。

ここを、一人仕事の目線で考えてみたい。

ホワイトハラスメントという言葉に、まず少しだけ距離を置きたい

最初に整理しておくと、「ホワイトハラスメント」という言葉は、パワハラのように法令や公的な定義が固まった言葉ではない。ニュースやネットで広がっている俗称に近い。

だから、言葉だけが一人歩きすると危ない。

「怒らないのもハラスメントなんだってさ」とだけ受け取ると、ただの混乱になる。

でも、この言葉が話題になる背景には、今の職場や社会の空気があるのも事実だと思う。

怒るのはダメ。強く言うのもダメ。厳しく指摘するのもリスク。そうなると、今度は必要なことまで言わなくなる。

結果として、本人は嫌な思いをしないかもしれない。でも、仕事は覚えにくくなる。何が悪かったのかも見えない。気づいたときには、周囲から静かに評価を落としている。

それはそれで、かなり不幸だ。

つまり、ホワイトハラスメントという言葉の是非よりも、僕が問題だと思うのは、必要な指導や注意まで消えていくことのほうだ。

本当の問題は「怒るかどうか」ではなく、「伝えるべきことを伝えているか」だ

昔の日本の職場は、今よりずっと組織が強かった。嫌でも会社に合わせる。嫌でも先輩に頭を下げる。嫌でも人間関係の中で働く。そういう時代だったと思う。

それが良かったとは言わない。僕だって嫌な思いはした。

でも、あの環境には一つだけ、今より強かったものがある。

仕事の基準が、人を通して伝わっていたということだ。

報告しろ。確認しろ。納期を守れ。挨拶しろ。客の前でその顔をするな。ミスしたらすぐ言え。そういうことを、良くも悪くも人から言われた。

今は、そこが一気に薄くなっている。

だから重要なのは、「怒ること」そのものではない。

怒鳴ることが指導ではないし、黙っていることが優しさでもない。

本当に必要なのは、

  • 何が問題なのかを伝えること
  • どう直せばいいかを伝えること
  • 人格ではなく行動を見て話すこと
  • 相手が次に動ける形で渡すこと

ここだと思う。

厚労省も、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワハラには当たらないと整理している。つまり、本来の問題は「指導すること」ではなく、相手を潰すようなやり方にある。そこは混同しないほうがいい。

一人仕事は、誰も注意してくれないからこそ、静かに劣化する

このテーマを一人仕事で考えると、かなり重い。

会社にいれば、面倒でも誰かが見ている。上司、先輩、同僚、取引先。良くも悪くも、他人の目がある。

でも一人仕事は違う。

配達員なら、今日も一人でピックして、一人で運んで、一人で届ける。フリーランスなら、一人で考えて、一人で作って、一人で納品する。ブロガーなら、一人で調べて、一人で書いて、一人で直す。

これが自由である一方で、かなり危ない。

なぜなら、少しずつ雑になっても、すぐには誰も止めてくれないからだ。

要望を読み飛ばす。確認を省く。面倒くさがる。感情が荒れる。言い方が雑になる。ちょっとしたミスを「まあいいか」で流す。

こういうものは、ある日突然悪化するわけじゃない。じわじわ進む。

しかも売上が出ているうちは、自分でも気づきにくい。

件数が回っていれば、「今日はうまくいった」と思いやすい。でも実際には、仕事の質は少しずつ落ちているかもしれない。

これが一人仕事の怖さだと思う。

配達員にも「見えない劣化」は起きる

配達の仕事は、単純作業に見えて、実はかなり人が出る。

要望をちゃんと見るか。店での待ち方が荒れていないか。お客様への一言が雑になっていないか。届けた後の完了操作を慌てていないか。商品状態に少しでも気を配っているか。

こういう細かい部分は、結局その人の仕事の基準が出る。

前回のサイレントカスタマーの記事でも書いたけれど、お客様は意外と何も言わない。言わずに離れる。だから「怒られなかったから大丈夫」は、あまり当てにならない。

同じように、一人仕事では「誰にも注意されなかったから大丈夫」も危ない。

怒られていないだけで、直したほうがいい点は山ほどあるかもしれない。

そして怖いのは、SNSで愚痴ることに慣れてしまうことだと思う。

もちろん、愚痴るなとは言わない。腹が立つことはあるし、現場には現場のストレスがある。

でも、何かあるたびに「運営が悪い」「客が悪い」「店が悪い」で終わってしまうと、自分の仕事を見直す視点が消えていく。

それはかなり危ない。

一人仕事の人間が劣化する時は、能力が落ちるというより、自分を見直す習慣が消える時だと思う。

怒られない時代ほど、自分で自分を点検する必要がある

だから、一人仕事の人間には、自分で自分を点検する仕組みがいる。

大げさなことではない。

今日、雑だった場面はなかったか。

店待ちでイライラを顔に出していなかったか。

お客様の要望をちゃんと見たか。

急いでいても、基本動作を省かなかったか。

売上だけを見て、質を無視していないか。

この程度でいい。でも、この程度が大事だ。

会社員なら、上司が言ってくれることを、一人仕事では自分でやるしかない。

ここを面倒くさがると、自由な働き方はただの自己流になる。自己流が全部悪いわけではないが、自己流には崩れる危険もある。

一人で働くなら、自由の代わりに、自己点検の責任を引き受けるしかない。

今の時代は、人と話さなくても情報は入る。だからこそ「判断する技術」が要る

今は昔と違って、仕事の知恵を人づてにしか得られない時代ではない。

検索すれば出てくる。YouTubeもある。SNSもある。AIもある。本もある。ニュースもある。

僕自身、今の生活の中で、家族以外とそんなにたくさん話すわけではない。ツールとも会話するし、Netflixも見るし、ネットからいろいろ入ってくる。

でも、だからこそ必要になるのが、前にボスが言っていた言葉だと思う。

情報判断力ではなく、情報を判断する技術。

これは本当にそうだと思う。

情報が多い時代は、ただ知っているだけでは足りない。何を採るか。何を捨てるか。何を自分の仕事に引きつけるか。そこに技術が要る。

オールドメディアか、新しいメディアか。どっちが偉いか。そんな話に乗りすぎても仕方がない。

結局、自分がどう読むか、自分がどう使うかだ。

同じことは仕事にも言える。

怒らない上司が悪い、怒る上司が悪い、時代が悪い、SNSが悪い。そう言っても、最後に自分の仕事を守るのは自分しかいない。

AI、本、通知、失敗。全部、自分の先生にできるか

一人仕事の時代に強い人は、別に全部を一人で発明しているわけではない。

むしろ逆で、いろいろなものを自分の先生にしている。

AIに整理させる。運営通知を読む。本から考え方を取る。他人の失敗から学ぶ。自分のミスをメモする。ニュースを見て、ただ怒るのではなく、自分の仕事にどうつながるかを考える。

そういう人は、一人でも伸びる。

逆に、何を見ても「くだらない」「意味がない」「あいつが悪い」で終わる人は、情報が多い時代ほど弱い。

なぜなら、自分を矯正する材料を全部捨ててしまうからだ。

前回のサイレントカスタマーも、今回のホワイトハラスメントも、本質はそこにつながっている気がする。

通知を笑って終わるのか。違和感をネタにして、自分の仕事を見直すのか。

ニュースを笑って終わるのか。そこから、「じゃあ一人で働く自分はどう基準を持つのか」を考えるのか。

その差は、じわじわ大きくなる。

編集後記:怒鳴られたいわけじゃない。でも、仕事の基準は必要だ

誤解されたくないのは、僕は昔の怒鳴る職場に戻りたいわけではないということだ。

怒鳴られたいわけでもない。理不尽に支配されたいわけでもない。パワハラは普通にいらない。

でも同時に、必要なことまで誰も言わない社会が、本当に優しいのかというと、そこはかなり疑っている。

特に一人仕事は、誰にも直されないまま、自分の癖がそのまま仕事になる。

それが良い方向に出れば強い。でも、悪い方向に出ると、かなり静かに崩れる。

だから、一人で働く人間には、自分なりの基準がいる。

今日の自分は雑じゃなかったか。

人のせいだけにしていないか。

必要な注意まで拒絶していないか。

自分の仕事を、自分で育てようとしているか。

ここを見ないといけない。

松下幸之助さんは「素直な心」を大事にしたと言われるけれど、あれは何でも言いなりになることではないと思う。必要なことを必要なものとして受け取る姿勢のことだと思う。

怒鳴られなくていい。でも、基準はいる。

優しくされたい。でも、甘やかされるだけでは育たない。

一人仕事の教養は、たぶんこのあたりにある。

怒られないことは自由でもある。

でも、誰にも直されないことは、劣化の始まりにもなる。

これを忘れない人が、結局は長く働けるのだと思う。


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