田代まさしは「薬物で転落した芸能人」だけではない 最初の衝撃は2000年の盗撮事件だった

田代まさし氏の2000年盗撮事件を振り返る記事のサムネイル。「最初の転落は薬物ではなく盗撮」と大きく表示し、駅ホーム、新聞記事、2000年を強調したタイムラインを配置。 芸能・社会

田代まさし氏と聞いて、いま多くの人が真っ先に思い浮かべるのは「覚醒剤」かもしれない。

何度も薬物事件で逮捕され、服役まで経験した。そのため、いつの間にか「薬物で転落した芸能人」というイメージが非常に強くなった。

しかし、順番が違う。

田代氏の芸能人生を最初に大きく揺るがした事件は、覚醒剤ではない。

2000年に起きた女性の下着を狙った盗撮事件だった。

2000年、人気絶頂期に起きた盗撮事件

2000年9月24日、田代氏は東京都内の東急東横線・都立大学駅構内で、女性のスカート内を撮影しようとしたとして問題になった。

その後、東京都迷惑防止条例違反で書類送検され、同年12月には東京簡易裁判所から罰金5万円の略式命令を受けている。

当時の田代氏は、ラッツ&スターのメンバーというだけではなく、志村けん氏の番組などで活躍する人気タレントだった。

現在から振り返ると、この「事件前と事件後」の落差はかなり大きい。

そして、この事件をさらに強烈なものにしたのが、会見で飛び出した有名な釈明だった。

「ミニにタコができる」というギャグ映像を撮ろうとした

この説明は当時大きな批判を受け、「ミニにタコ」という言葉だけが独り歩きするほど有名になった。

いまでは「薬物」の印象に上書きされている

現在の田代氏をめぐる報道を振り返ると、どうしても覚醒剤事件の比重が大きい。

実際、その後の経歴は薬物事件が繰り返されている。

時期主な出来事
2000年女性のスカート内を狙った盗撮事件。書類送検、罰金5万円
2001年民家の浴室をのぞいたとして逮捕
2001年自宅から覚醒剤が発見され再逮捕
2004年覚醒剤などの所持で逮捕。後に実刑
2010年コカイン所持などで逮捕。その後、覚醒剤事件でも立件
2015年二子玉川駅での盗撮をめぐり書類送検、罰金30万円の略式命令
2019年再び覚醒剤事件で逮捕

こうして並べれば、現在「田代まさし=薬物」という印象になること自体は不思議ではない。

しかし、最初の事件まで薬物だったかのように記憶してしまうと、重要な部分が抜け落ちる。

盗撮と薬物は、被害の構造が違う

ここで薬物事件と盗撮事件を一緒にしてはいけない。

覚醒剤の使用や所持は当然違法であり、依存が家族や周囲を巻き込むこともある。違法薬物を購入すれば、その金が犯罪組織へ流れる可能性もある。

したがって「薬物なら本人だけの問題」と言い切ることはできない。

ただし、盗撮には最初から明確に他人が存在する。

本人の承諾なく、他人の身体や下着を性的な目的で撮影する。これは単に本人が自分の身体を傷つける行為とは構造が違う。

他人の性的なプライバシーを、一方的に侵害する行為だからだ。

「薬物をやった芸能人」だけで終わらせると見えなくなる

田代氏について振り返る記事では、その後何度も繰り返された薬物事件が中心になる。

それ自体は当然だろう。

一方で、2000年の盗撮事件と2001年ののぞき事件は、時間が経つにつれて「田代まさしの数ある不祥事の一つ」のように扱われやすくなった。

しかし時系列で見れば、薬物事件が発覚する前に、すでに性的なプライバシーを侵害する問題が起きていた。

しかも盗撮問題は2000年だけでは終わらなかった。

2015年にも二子玉川駅で女性のスカート内をめぐる行為で東京都迷惑防止条例違反として書類送検され、東京簡裁から罰金30万円の略式命令を受けている。

なお、この2015年の件について田代氏本人は後に自身のブログで「実際には盗撮していない」と説明しており、報道された警察側の説明とは主張が異なっている。

ここは2000年の事件と混同せず、分けて考える必要がある。

本人も2025年に2000年の盗撮について語っている

興味深いのは、事件から約25年が経過した2025年にも、田代氏本人が2000年の盗撮について振り返っていることだ。

当時、「新しい笑いを考えなければならない」というプレッシャーやストレスがあったと説明し、興味本位で行ったことについて謝罪している。

もちろん、ストレスがあったことは盗撮を正当化する理由にはならない。

ただ、事件から四半世紀が経過した後に本人自身が当時の行動について語っている点は、この事件を単なる昔の芸能ゴシップとして終わらせない材料にはなる。

薬物依存は「意思の弱さ」だけでは説明できない

その一方で、後年の覚醒剤事件についても、「本人が悪い」で全部終わらせれば実態を見誤る。

田代氏自身、過去の取材で薬物について「やめようと本気で思った」ものの、依存状態では意思の力だけではどうにもならなかったという趣旨の説明をしている。

薬物依存には治療・回復支援という別の問題がある。

だからこそ、盗撮との違いを整理した方がいい。


盗撮の問題と、薬物依存の問題を、全部まとめて「田代まさしの不祥事」と処理してしまわないことだ。

最初の転落点を忘れてはいけない

田代まさし氏の人生を振り返れば、薬物事件のインパクトが非常に大きいことは間違いない。

複数回の逮捕、服役、薬物依存からの回復――現在まで続く物語の中心に薬物がある。

しかし、そのイメージがあまりにも強くなった結果、2000年の最初の盗撮事件まで薄れてしまった。

田代まさし氏は、突然「薬物で転落した芸能人」になったわけではない。


2000年の盗撮。
2001年ののぞき。
そして覚醒剤。

順番を正確に並べるだけでも、現在残っているイメージとは少し違う姿が見えてくる。

事件から25年以上が経過した今だからこそ、「覚醒剤」という強烈な言葉だけで過去をまとめず、何が起きたのかを一つずつ分けて記憶する必要があるのではないだろうか。

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