DoorDashが1億3150万ドルでニューヨーク市と和解
フードデリバリーの「待っている時間」は、誰の時間なのか。
この問題を考えるうえで、かなり大きなニュースがアメリカから入ってきた。
2026年9月22日、ReutersはDoorDashがニューヨーク市当局の調査を解決するため、総額1億3150万ドル、日本円で約200億円規模を支払うことで合意したと報じた。
このうち約1億1500万ドルが、およそ26万4,000人の配達員への救済に充てられ、1670万ドルが民事制裁金となる。
さらにDoorDashは今後3年間、詳細な報酬データをニューヨーク市へ毎月提出することにも合意した。
単なる「海外の巨額和解ニュース」ではない。
日本でUber Eatsや出前館などを走っている配達員にとって重要なのは、問題になった報酬の中にアプリへログインしていたものの、実際には配達していなかった時間が含まれていることだ。
Reutersによれば、この部分をめぐる紛争の解決だけで約8300万ドルが充てられている。
ほかにも、市境をまたぐ配達、複数のピックアップ・ドロップ、キャンセルや一部履行された注文、技術的不具合などが報酬計算上の問題につながったとされている。
DoorDash側も支払い上の誤りがあったことを認める一方、意図的ではなく技術的問題などが原因だったと説明している。
ニューヨークでは配達員が「個人事業主」でも最低報酬の対象になる
ここが日本との大きな違いだ。
ニューヨーク市の配達員保護制度は、対象となるアプリから仕事を受ける独立請負人、つまり日本でいう個人事業主に近い立場の配達員も対象にしている。
2026年4月以降、対象となるレストラン・食料品配達アプリには、チップを除いて1時間当たり22.13ドルを基準とした最低報酬制度が適用されている。
Uber Eats、DoorDash、Grubhubなども対象だ。
ただし「待機1時間=22.13ドル」ではない
ここは誤解してはいけない。
ニューヨークの制度を単純に「オンラインにしていれば時給22.13ドルもらえる制度」と説明するのは正確ではない。
標準方式では、まず個々の配達員について実際に配達に使った時間(trip time)に最低報酬額が保証される。
そのうえで、アプリ会社全体としては、配達員全員の配達時間に加えて、注文を受けられる状態で待っていたオンコール時間も合計し、それに最低報酬額を掛けた水準以上を全体として支払う必要がある。
例えば最低報酬が22.13ドルの場合、ある配達員が10時間配達し、5時間オンコールだったとしても、その人個人に必ず15時間×22.13ドルが支払われる仕組みではない。
個人の最低ラインは10時間×22.13ドル=221.30ドル。
一方でアプリ会社全体では、配達員全員のオンコール時間まで含めて最低支払総額を計算する。
つまりニューヨーク市は、「注文を運んでいる瞬間だけが配達サービスを成立させている時間ではない」という考え方を制度に組み込んでいる。
日本ではオンラインして注文を待っていても基本的に売上は0円
日本のフードデリバリーでは景色がまったく違う。
多くの配達員は個人事業主として稼働し、基本的には案件単位で報酬を受け取る。
アプリをオンラインにして30分注文を待つ。
鳴らない。
さらに20分待つ。
それでも鳴らない。
この50分について、現在の日本に「オンライン時間だから最低○円を支払わなければならない」というニューヨーク型の最低報酬制度はない。
だから同じ「時給」という言葉でも数字が大きく変わる。
8時間オンラインにして、実際に配達していた時間が5時間、売上が8,000円だったとする。
配達中だけで計算すれば時給1,600円。
オンラインしていた8時間全部で計算すれば時給1,000円になる。
ガソリン代、車両代、保険、修理費、通信費などはさらにここから出ていく。
配達員の収入を見る場合、「一件いくら」だけでなく、オンライン時間に対していくら残ったのかを見る必要がある。
では横浜市がニューヨーク市のような制度を作れるのか
そこで考えたいのが横浜市だ。
ニューヨーク「州」ではない。
ニューヨーク「市」が配達アプリを対象としたルールを持ち、市のDepartment of Consumer and Worker Protection(DCWP)が企業からデータを受け取り、制度を監督している。
ならば日本でも横浜市単独で同じことができるのか。
ここは簡単ではない。
地方自治法14条では、地方公共団体は法令に違反しない限り、その事務について条例を制定できる。
しかし、日本の最低賃金制度や労働関係法令、フリーランスに関する規制は国の法律との関係がある。
そのため横浜市が単独で、Uber Eatsなどに対して「横浜市内でオンラインした配達員には1時間○円以上を支払え」と義務付けられるかどうかは、既存法との関係を含めた法的検討が必要になる。
ニューヨーク市でできているから、そのまま横浜市でもできる、とは言えない。
最低報酬だけが制度ではない
一方、配達員保護を考える場合、最低報酬だけが論点ではない。
ニューヨーク市では報酬以外にも、報酬計算に関する情報提供、支払い明細、ルート情報、チップ、企業によるデータ報告など複数のルールが設けられている。
横浜市で同様の制度を検討するとした場合にも、いくつか論点を分けて考えることができる。
- 配達員のオンライン時間・実配達時間・報酬の実態調査
- 市内で稼働する配達員の平均的な手取り額の把握
- 報酬計算方法や変更時の情報提供
- アカウント停止時の理由や異議申立て制度
- 交通事故や休憩場所など配達労働特有の問題
- 最低報酬制度を自治体レベルで設けられるかの法的検討
最低報酬制度そのものに法的な壁があるとしても、調査、データ収集、情報開示、市から国への制度提案など、論点はいくつも存在する。
横浜市には国へ制度変更を提案するルートもある
横浜市は実際に、国の制度や予算に関する政策提案・要望を毎年行っている。
また、構造改革特区制度では、地方公共団体や民間事業者から規制改革のアイデアを募集し、地域を限定して規制改革を実施する仕組みも存在する。
もちろん「アプリ配達員の最低報酬制度」がそのまま特区として認められることを意味するものではない。
しかし、市単独では変更できない制度について、国への制度提案という経路が存在することは事実だ。
横浜市民から市政へ問題提起する制度もある
そして、こうした議論は議員や政党だけが始められるものでもない。
横浜市には「市民からの提案」という制度があり、個人が電子メールなどで市政への意見・提案を送ることができる。
市会への陳情についても、市会議員の紹介は必要ない。
請願の場合には紹介議員が必要だが、陳情は誰でも提出することができ、オンライン提出にも対応している。
したがって、制度上は市民や現役配達員が、ニューヨーク市の制度や今回のDoorDash事件を資料として横浜市へ問題提起することも可能だ。
DoorDashの200億円和解が日本に突きつけるもの
今回のニュースを「アメリカは配達員に優しい」「日本は遅れている」という単純な話にする必要はない。
重要なのは制度の違いだ。
ニューヨーク市では、アプリ配達員が独立請負人であっても対象になる最低報酬制度があり、市当局が企業からデータを受け取り、違反を調査している。
今回DoorDashは約26万4,000人を対象とした救済と制裁金を合わせ、1億3150万ドルを支払うことで合意した。
一方、日本ではフリーランス法によって取引条件の明示、報酬支払期日などについて一定の保護が設けられているものの、アプリにオンラインして注文を待つ時間そのものについてニューヨーク型の最低報酬制度が設けられているわけではない。
問題は「配達員を会社員にするか、個人事業主のままにするか」だけではない。
個人事業主という働き方を維持したまま、プラットフォーム企業との取引にどこまで最低ルールを設けるのか。
そして、それを国だけで決めるのか。
横浜のような大都市が独自に調査し、制度案を作り、必要なら国へ提案する方法もあるのか。
DoorDashの約200億円和解は、日本のフードデリバリーにとっても、この問題を改めて考える材料になりそうだ。
参考資料
Reuters「DoorDash to pay $131.5 million to resolve New York City probe over delivery workers’ pay」(2026年9月22日)
New York City Department of Consumer and Worker Protection「Delivery Worker Laws」
横浜市「市民からの提案」
横浜市会「請願・陳情」
横浜市「構造改革特区」
e-Gov法令検索「地方自治法」
公正取引委員会「フリーランス法特設サイト」



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